学校小史
| 長野市南東部、千曲川右岸に上高井郡綿内・川田・保科の3村があり、昭和34年合併して若穂町になる。その後、各地区にあった中学校を統合し、 昭和37年若穂町立若穂中学校として、現在の地に開校する。昭和41年、若穂町と長野市の合併により、長野市立若穂中学校となる。 その後昭和63年に校舎を改築、 トップページを見ていただければわかるように、「おおとり型の校舎」と称し、 大鵬が北風に向かって飛び立つ姿を表していて、これがその後の長野市内の学校建築のモデルとなっている。 |
| 「逞しく ゆたかに 拓く」 若穂の心「やる気、根気、気づき」 逞 し く …ねばり強さ、積極性、貪欲さ [やる気] ゆたかに…思いやり、素直さ、誠実さ [根 気] 拓 く …自己の可能性の発見 [気づき] |
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学校規模 |
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| 1年 4クラス 126人 2年 4クラス 134人 3年 4クラス 135人 計 395人 |
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| 職員 33人 |
校章の由来
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「若穂」は、綿内・川田・保科の3村が合併して誕生し、それぞれの頭文字ワ・カ・ホを綴って若穂としたもので、旧村名への愛着を残しながらも若々しい息吹に燃え、伸び行く未来に希望を託した名前です。 「校章」もこの語源の3字を組み合わせて、3者鼎立ならぬ「三位一体」の協和の姿を示し光揮発揚と伸び行く姿を表わしたものです。外部は「ワ」で「融和」を意味し、内輪は「力」であり「力(ちから)」、すなわち「勢い」を示しています。中心は「ホ」で火につうじ焔の如く燦然と輝く姿を示し、成長する若穂中学校と郷土若穂発展の気風を表わしています。 |