一校一国運動(オリンピック応援)


選手団長さんとの交流 スノーフラワー

*今、流れているのは「リトアニア国歌」です。


大会テーマ
世界から ひとつの花になるために
わたしには 長野でかなえたい夢がある
開催日:1998年2月7日〜22日

 私たち、僕たちは リトアニアチームを応援しています。
リトアニア国旗 交流の発表
        

   リトアニア共和国

                          【リトアニアってどこ?】
 皆さんはリトアニアという国をご存知でしょうか? リトアニアという国は、ヨーロッパの東よりに位置する国です。緯度でいうと北緯55度位で、北海道よりかなり北になります。 旧ソビエト連邦から1991年に独立した国で、ラトビア・エストニアという国と一緒に、バルト三国としても知られています。森と湖の国で、絵はがきなどで見る景色はとてもきれいです。

                            【交流しています・・】
  私たち芋井小学校では、一校一国運動で、リトアニア共和国を担当しました。芋井小学校では1996年から活動を始めました。インターネット(パソコン通信)を使って、リトアニアの学校と手紙のやりとりをしたり、写真やカード、折り紙などを送ったりしました。そして、リトアニアの学校からもたくさんの写真や手紙が送られてきました。みんなとても喜んでいます。
 上の写真は、1997年4月20日に、エムウェーブで撮ったもので、オリンピックの調査のために訪れた、リトアニアの選手団長さんと交流をしているところです。
 代表は2名の女性の方々でしたが、とても優しく、笑顔で私たちと接してくれました。芋井小では児童会の代表児童4名が参加し、一緒に「鶴を折ったり、けん玉をやったり」しました。とても手先の器用な方々で、上手に鶴を折っていました。
また、オリンピックでは「ぜひリトアニアの応援をお願いします」と話され、「学校へも訪れて、児童や地域の皆さんと会いたい」と言って下さいました。


<リトアニアをイメージして作ったレリーフ>
レリーフ


 このレリーフは、交流しているリトアニアのイビンスキス中等学校から送っていただいた資料を基にして、全校でデザインを考え制作したものです。
リトアニアは湖が多くあり、自然が豊かな国だそうです。そこで、湖と森、トナカイを入れ民族衣装を着た三人の少女が肩を組んでいるところをあらわしました。
左側の少女は、右手に国旗を持っています。


交流の歩み  

 

リトアニアを想う!


〜レリーフへの願い〜

故池田満寿夫氏の指導で行われたキッキオのレリーフ製作。芋井小学校で初めて一校一国運動の相手国『リトアニア』を意識したときであったと思います。リトアニアについて何から始めればいいのか、どうやってつながりを持てばいいのか、芋井小学校も困っていました(1996.4〜12)。
上にあるレリーフは、芋井小学校の全校児童が粘土を貼り付け完成させたものです。リトアニアに関する資料が集まらない中で、わずかな絵葉書や百科事典の写真から、自分たちでデザインして作り上げました。「森と湖がきれいな国」「可愛い民族衣装の女の子がいる国」「トナカイがいる国」そんな児童の想いをレリーフにしたのです。もし違っていたらどうしよう、などと心配をしましたが、後に見ていただいた選手団長さんの笑顔で、そんな不安がどこかへ吹っ飛んで、良かったなという喜びに変わりました。

〜イビンスキス中学校から〜

Dear friends,         
Thank you for your letter. Let's be friends.Our school has over 700 students. It is a secondary school for students aged 6-18. Each class has about 25 students.There are 12 grades in Lithuanian schools.We are in grade 7.(1996.6.19)

これはリトアニアのイビンスキス中学校から最初に学校へ来た手紙の一部です。芋井小学校に隣接する芋井中学校の英語教諭が、パソコン通信を使って、リトアニアの学校の先生とつながりをつくってくれました。
リトアニアがぐっと身近になった瞬間です。この後、芋井小も6年生が中心になって、手紙での交流が始まりました。

リトアニアから届いた手紙を見ました。学校や地域の紹介などのほかに、一人ずつからの手紙も来ました。私は、一人ずつあんなふうに手紙で自分のことを紹介するとは思わなかったので、とても興味を持ったしうれしかったです。リトアニアのクラスに、私に似ている人がいてびっくりしました。他にRさんやEさんに似ている人もいました。 私は文通を続けていきたいと思います。(6年女子)

その後も何回かやりとりをしながら現在も交流を続けています。毎年度、6年生が担当し、息の長い交流にしていきたいと思っています。


初めてのリトアニア語


国際理解教育係は何とかリトアニアに関する情報を集めようと、国際親善クラブへ連絡したりその他にも、あちこちへ連絡したりしていました。すると、丁度運良く、オリエンテーリングの世界大会がリトアニアで開催され、日本代表の選手が行きそうだという情報が入りました。しかもその選手は、松本に住んでおられる「Mさん」という方だったのです。
こちらの希望は、ぜひリトアニアの様子を見てきて教えて欲しい、何か絵はがきでも本でも、リトアニアのことが分かる物を買ってきて欲しいというものでした。電話・FAXでMさんへお願いすると、快く引き受けて下さいました。
その後、リトアニアから帰国されたMさんは芋井小学校を訪れてくださり、全校児童にスライドなどを交えながら、リトアニアの様子について色々と話してくださいました。『イッキ』=(さようなら)、初めてリトアニア語も教わりました。
Mさんのお話

リトアニア人はどこにいる?


リトアニアと交流を進める芋井小学校でも「日本での窓口がなく、生の情報は日本人旅行客からもらった写真だけ」と戸惑う。〜(途中略)〜担当教諭らは留学生探しなどに奔走している。(日本経済新聞平成9年8月1日)

ようこそ!MさんRさん この記事を読んでくれた岩手県の方が、岩手県の久慈市役所に電話をしてくれたのです。それというのも久慈市がリトアニアのクライペダ市と姉妹都市の関係にあったためで、この話を聞いた市役所の担当者が、すぐに東京でリトアニアと貿易を行っているKさんという方へ連絡をしてくれました。そして、そのKさんから芋井小学校へ電話が入ったのです。「何かお手伝いをしたいのですが」という言葉に、驚きと感謝の気持ちで一杯になりました。 その後、色々とお願いをして、リトアニアの新聞や雑誌、簡単な日常会話が分かる資料等を送っていただきました。さらに、 12月にはリトアニアから来日した2名の方(Mさん・Rさん)に学校まで訪問して頂きました。

Rさんといっしょに給食を食べてたらどんどんお話がしたくなってきて、質問して楽しかった。サインももらってよかったな。(3年女子)
リトアニアの国歌を歌ったらうまいと言われてよかった。(3年男子)


〜ひょうたん作り〜


芋井小(小林了治校長・本校92人、分校23人)は芋井地区オリンピック協力会とともに地元五輪をヒョウタンで盛り上げる五輪で来る選手、役員らに、手作りで残るものを贈ろうと、学校園と協力会役員宅でセンナリビョウタンを育てた(途中略)子供たちは22日のリトアニア人を招いての交流会で、美しく色付けしたヒョウタンを渡したほか、来年1月の五輪出場選手の五輪村入村式で同国選手らに児童代表が贈る。・・以下略

上の記事から分かるように、芋井小学校では、芋井地区で結成されたオリンピック協力会と連携を取り合い、オリンピック本番へ向けてヒョウタン作りをしました。乾燥させたヒョウタンへヤスリをかけ、一人一人がメッセージとなる、絵つけをリトアニアの選手の方々へ、そして交流相手のリトアニアの子どもたちへ、色々な思いを巡らせて絵や言葉を描き入れました。 みんなで作ったひょうたん

ひょうたんに色をぬりました。私は、リトアニアの人にやるひょうたんなので、上の方を黄色にして真ん中を緑色、下を赤にしました。この色は、リトアニアの国旗の色です。赤の所に「ようこそ芋井へ」の意味を英語でかき、リトアニアの人が学校へ来てくれる日を入れました。緑の所にはリトアニアにたくさんいるトナカイをかきました。あとは、何をかくか迷っています。(6年女子)


1998 長野冬季オリンピック&パラリンピック本番


H10.2/1 リトアニア選手入村式

入村式 長野オリンピック開催が近づき、リトアニアの選手団の方々も長野にやってこられました。そこで、選手の皆さんを歓迎しようと代表児童8名が入村式に参加しました。少ない人数でしたが、精一杯リトアニアの国歌を歌いました。

H10.2/6 聖火リレー出発式

1997年12月19日にギリシャで採火された聖火が、1月23日に長野県に到着しました。そして、2月6日に芋井小学校で「聖火リレー出発式」が行われました。いよいよオリンピックが始まるんだなと実感しました。
走者の皆さん

H10.2/8 モーグル予選観戦

スリーツーワン ナガノ! 全校で、「モーグル予選」を観戦しました。予選とはいえ、さすがに世界トップレベルの滑りにみんな魅了され、エアーの技が決まるたびに歓声がわき上がっていました。里谷選手や上村選手の滑りもみました。

H10.2/12 クロスカントリー応援交流

代表児童8名で、白馬スノーハープへ応援に行きました。雨が降るという悪天候の中でしたが、力走するリトアニアの3選手に声の限り声援を送りました。思いがけなく競技が終わった選手や役員のみなさんと近づくことが出来て、一緒に写真を撮ったり、握手したり出来ました。 クロスカントリー交流

選手の皆さんに会えた!


みんなで一緒に 2月18日、忙しい競技日程の合間をぬって、10名の選手・役員の方々と2名の報道関係者が来校し、全校児童と交流を行いました。児童は練習してきたリトアニア国歌を披露した後、地元に伝わる『芋井甚句』やスノーレッツダンスを選手団の方々と一緒に踊り、さらに「けん玉」や「折り紙」等の日本の伝統的な遊びを一緒に楽しみました。児童のその姿は、言葉が通じなくても「何かを伝えよう」、そして「気持ちを通じ合いたい」という願いで一杯であったように思います。
豪快な餅つき また、2月に入って、リトアニア選手団の来校日が決まったところ、すぐに協力会の役員の皆様から、「何でもできることをやりましょう。」と温かい声を掛けていただきました。色々相談した中で、みんなで『餅つき』をやろうということになり、当日は協力会の皆様・PTAの役員の皆様総出で盛り上げてもらいました。交代で餅つきをするリトアニアの選手・役員の皆さん、声をかける子どもたち、体育館の熱気は更に増していきました。そして、そのお餅をみんなで食べました。短い時間の中で、忘れられない思い出ができました。

今日は最高の一日でした。だってリトアニアの選手団の方 々が芋井小学校へきてくれた からです。(途中略)リトアニ アの方々が帰るとき、全校で お見送りをしました。3時間 くらいしかいっしょにいなか ったのに、とてもさびしい気 持ちがしました。リトアニア の方と直接自分でお話できた ら、もっともっとよかったん じゃないかと思います。また いつか会え たらいいなぁ (5年女子)
今日はリト アニアの選 手が12名芋 井小学校に 来てくれました。 私はこの日 をとても楽しみにしていました。 リトアニアの人とは、あやと り・お手玉・折り紙・もちつ きなどをして 、一緒に遊びま した。サインもしてもらって、 私はとてもうれしかったです。(途中略)また会えたら会いた いです。とても心に残ってよ かったです。リトアニアのみ なさんがついてくれたおもちが、 とてもおいしかったです。楽 しい一日でした。 (5年女子)


〜カウナス50番学校〜


長野オリンピックが、成功のうちに幕を閉じた後、カウナス50番学校から、「交流をしたい。」という手紙が届きました。それは、芋井小学校を訪れたリトアニア選手団の中にカウナス50番学校の校長先生と知り合いの人がいらっしゃって、交流を勧めて下さったからです。今までのイビンスキス学校に続いて、2校目の学校との交流が始まりました。


ぼくたち わたしたちのことを伝えよう!


イビンスキス学校・カウナス50番学校の2つの学校に宛てて、私たちの住む芋井のこと、小学校での生活のことなどを伝えようと、全校で取り組みました。日本らしい物として、千羽鶴などの折り紙で作った物や習字、また、絵や版画などを送りました。(これは、後からわかったことですが、2つの学校とも私たちが送った作品を大事に飾っていただいてありました。) 芋井から送った作品

メモリュージョン・ナガノ’99


メモリュージョン 夢と感動を与えてくれた長野オリンピックから1年がすぎました。1周年を記念して、「メモリュージョン・ナガ ノ」という催しがありました。芋井小学校では、4年生が中心になって制作しました。左が実際に灯りがともされていたものです。
「がんばるリトアニア選手」
 このデザインは、長野オリンピックのクロスカントリーで活躍するリトアニア選手を表したものです。私たちは全校で、選手の皆さんを応援しました。この出会いをこれからも大切にしていこうと思います。

夢がかなう!


子どもたちは、オリンピックの時の選手団の皆さんとの交流会を思い出したり、リトアニアから送られてきた作品を見たりしながら、「リトアニアってどんな国なのかなあ。もっと知りたいなあ。」とか「リトアニアへ一度行ってみたいなあ。」と、想いをよせていました。そんなある日、芋井地区の皆様から、「リトアニアへ行ってみよう!」と、夢のような計画が持ち上がりました。遠い遠い国、リトアニア。まさか行けるとは思ってもみませんでした。  
 和田区長会長さんをはじめとする地区の皆様の熱意によって、この計画が現実のものになっていきました。これからの時代を担う子どもたちもぜひ、ということで、5・6年生から参加を募りました。
あまり日本人が訪れたこ とのない国ということで、情報も少なかったのですが、アルピコ観光さんのご努力で行程表ができあがってきました。学校では、これまで交流でお世話になってきたMさん・Kさん、また、インターネットなどを頼りに情報を集めてきました。また、イビンスキス学校・カウナス50番学校の両校へは、校長先生から訪問についての手紙を出していただきました。その返事が返ってきて、両校ともこのニュースに大変喜んでいる様子が伝わってきました。この大切な機会を十分に生かそうと地区でも学校でも計画が進められました。そして、いよいよリトアニアへ出発です。