お稲荷様と娘さんおいなりさまとむすめさん (中俣)
中またに 浮きおる舟の 漕ぎ出なば   逢うこと難し 今日にしあらねば
(なかまたに うきおるふねの こぎいでなば   あうことかたし きょうにしあらねば)
 これは、日本で一番古い和歌集である万葉集に出てくる、信濃の国の人がつくったとされる和歌で、最初の『中また』は柳原の中俣だと言われています。この和歌のできた、今から千年以上昔、中俣は千曲川に流れ込む川があり舟が浮かんでいたようです。
 昔むかし、その中俣に心がやさしく美しい娘さんがいました。こんな娘さんですから、お嫁にほしいという話がたくさんありました。その中で、一人はお金持ちの家の息子さんから、もう一人はお金はあまりないけれどきれいな心持ちの息子さんから、「お嫁に来てほしい。」とねっしんにお願いされました。娘さんは、どちらにすればよいか、まよいました。お父さんやお母さんも、すっかり困ってしまいました。
 娘さんはどうにもならなくなり、村はずれのお稲荷様にどっちにするか決めていただけるようお願いすることにしました。娘さんはお稲荷様のお宮の前にすわってお祈りをしました。すると、お宮の横にキツネがヒョイとあらわれて、ヒョコンとすわりました。
 キツネはお稲荷様のお使い役だといわれています。娘さんはキツネに向かって、「今、わたしは二人の若者から結婚してくださいと言われていま<すが、どちらにしたらよいか決心がつかなくて困っています。どうしたらよいか、教えてください。」と頼みました。キツネは娘さんの顔を見ていましたが、承知したように
「コン、コーン」となきました。その声を聞いた娘さんは、急に眠くなり気を失ってしまいました。
 どれくらい時間がたったでしょうか、娘さんは、だれかに呼ばれる声で気がつきました。お稲荷様のお宮の中から声がしてきます。
 「これ娘や、教えてつかわすぞ。今から、二人の若者との結婚後の生活を目の前に表して見せてやる。ただし、これを見たら、このうちの一人を結婚相手に選ぶのだぞ。」娘さんは承知しましたとコックリ頭を下げました。
 目の前には、いつの間にか画面があらわれ、金持ちの家のようすが出てきました。娘さんは「奥様、奥様。」と呼ばれて大事にされ、なにもしなくても周りの人がやっtくれるのです。結婚した金持ちの若者も、とっても大切にしてくれます。初めのうちは、りっぱな奥さんになったようで、ほこらしく思っての生活でしたが、しばらくすると、まるで人形にでもなったようで、自分の考えでいろいろなことができないとわかりました。自分らしくやっているだろうかと、自分の力で生きているのだろうかと考えるようになり、だんだん毎日がつまらなく息苦しくなってきました。
 もうこんな生活はこりごり、と思った瞬間、画面がパッと切りかわりました。今度は金持ちではない若者との生活です。毎日若者と一緒に田畑で汗を流してはたらき、食事の用意や洗たくなどいそしいことの連続です。しかし、自分の力のありったけを出して働くすがすがしさや満足感があります。また、一緒に働いているうちに、若者が信用できる人であり頼りになることが分かりました。明日の仕事をどうしようか、あれこれ考えているとき、パッと画面が消えてしまいました。
 気がつくと、娘さんさっきと同じようにお稲荷様の前にすわっていました。キツネはまるで返事をしなさいとでも言うように、「コ^ン、コーン。」となきました。
 娘さんは、きちんとすわりなおし、手をついて、「ありがとうございました。わたしはお金はないけれどやさしいあの若者と結婚したいと思います。」と答えました。その顔は生き生きとして、決心したことがよく分かりました。
 その後、娘さんは決めたとおりお金持ちではないけれど信用でき頼りになる若者と結婚しました。毎日の生活は、あのお稲荷様の前で見た画面とそっくりでした。時々けんかをするようなこともありましたが、すぐに仲直りしてしまいます。
 二人は、それからずっとずっと幸福にくらしたということです。
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