重右衛門さんとカワウソじゅうえもんさんとかわうそ (布野)
 昔、昔といっても、みなさんのおばあさんの、そのまたおばあさんのおばあさんの頃のお話です。
 そのころの布野の村は、どうなっていたでしょうか。家はまだ少なく、道もせまく、雨がふるとドロドロになり、大雨がふ<ると八幡川(はちまんがわ)の水があふれて、家の床下や時には床上まで水につかりました。田んぼや畑もどろ水につかり、作物が全部だめになってしまうこともありました。その時、<一番困ることは、飲み水がなくなることでした。井戸がどろ水でいっぱいになってしまうのです。
 しかし、ふだんの布野の村は、ちがっていました。千曲川へと続く川の流れ、その土手にはアシの茂ったやぶがあり柳の木も生えていました。所々に沼もあり、魚や動物がたくさん住んでいました。川には、フナやコイなどもたくさん泳いでいて、それをえさにするカワウソ、イタチ、タヌキなどがあちこちにいました。人間は大水などで大変な生活でしたが、動物や魚にとっては、天国のような場所だったのです。
 布野の川のそばに、重右衛門という一家が住んでいました。お百姓さんをしていて、貧しいけれど、家族みんなで仲良く元気にくらしていました。
 ある春の満月の夜でした。それも、ずいぶんと遅くなってからのことです。
「トントン。」「トントン。」
重右衛門の家の雨戸をたたくものがいました。奥さんが初めに気がつき、
「父ちゃん、だれか来たようだよ。あんた出てみておくれ。」と言いました。重右衛門は「しょうがねえなあ。今ごろだれだろう。こんな夜ふけ用もねえのになあ。」と言って、雨戸をズズーと開けました。ところが、満月の光の中に見えたのは、小さな子どもがぞうりをぱたぱたさせて八幡川の方へあるいていくすがたでした。川のほとりまで行って、「ドブーン。」と、いきなり川の中へ飛び込みました。「しょうがねえなあ。どこの子どもだ、こんないたずらをするのは。」と思いました。「きっと、どこかの子どものいたずらさあ。」と奥さんに言って、そのままねむってしまいました。
 ところが、一時間もすると、またトントンと雨戸をたたく音がします。重右衛門は、「また、いたずらをしやがる。おまえもいっしょにどこの子かみろや。」と言い、今度は奥さんと二人で雨戸を開けました。月の光の中を、さっきの子どもがパタパタと川の方へ歩いていきドボーンととびこみました。今度は奥さんが、「父ちゃん、見たことのない顔だよ。どこの子かわからないよ。ほんとにしょうのない子だねえ。」と言って、またねてしまいました。
 ところが、また一時間もたつと、トン、トン、トンと雨戸を
たたく音がします。
「またやりやがる。今度はどこの子か、うちの子に見ても
らおう。」と言って、一家四人で雨戸を開けて見ました。
パタパタ、ドボーンは、前と同じでした。「おまえたち、どこの子どもか、知っているか。」と重右衛門がたずねると、長男の市兵衛が顔色を変えて言いました。「父ちゃん、あれはカワウソだよ。とびこむときにしっぽが見えたもの。」さっそく、四人で川ばたまで行ってみました。ぞうりが三足、そろえてありました。また市兵衛が、「父ちゃん、母ちゃん、このぞうりはおれんちのだ。ビッショリぬれている。」と言いました。そのぞうりを持って帰ると、カワウソにしられないように、家の中にしっかりとしまいました。それからは、重右衛門の家にはカワウソが来なくなったということです。
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