会津 文治郎(あいづ・ぶんじろう)
親孝行(おやこうこう)
会津 もと(あいづ・もと)
親孝行(おやこうこう)
中俣に生まれた文治郎さんですが、小さい時にお母さんが亡くなり、お父さんは新しいお母さんと結婚しました。ところが、今度は、お父さんが亡くなってしまったのです。まだ若かった文治郎さんですが、この家の跡取りとして、新しいお母さんを大切にしようと固く心にちかいました。
それからの何十年、妻のもとさんと結婚してからも、変わらない親孝行をずっとし続けたのです。それを知った近所の人たちの評判になり、やがて長野県知事さんから表彰されることとなりました。明治二十三年、もとさんといっしょに、知事さんから表彰状とごほうびのお金をいただいたのです。
お母さんが亡くなるまで親孝行をして、もとさんは大正十二年、文治郎さんは大正十三年に相次いで亡くなりました。