佐藤 友治(さとう・ともじ)
芸術家(げいじゅつか)
若槻で生まれ、中俣にお婿さんに来た友治さんは、いろいろ芸術的な事をすることに興味を持ちを得意にしていました。生け花は京都まで行って家元の池坊家で学んで認められ、茶道も同じく家元千家より奥義を授けられるまでに上達しました。謡曲は観世流を習っていて、よく努力し上手だと認められて直弟免状を受けるまでになり、踊りなども良くできたので、長野をはじめいろいろな所から教えを受けに来る人が多く、お弟子さんの数は何百人にもなったそうです。
善光寺には常に生け花を贈ったり、家でもきちんとした作法で生活たりするなど、友治さんの芸術の道に熱心な姿は弟子の人などの尊敬を集め、地元の柳原と高山村に長寿を祝う石碑が建てられました。大正十一年に亡くなりました。