柳原かるた
大正十五年
 電車が通る
  おらが村
 柳原小学校の南校舎からは、一日に何本もの電車が通るのが見えますね。ガタンゴトンという音と警報器のチンチン・・・という音、なんだかあまりにも当たり前の景色でそれがずっと前からあるような気がしますよね。ですが、柳原駅ができて電車が通るようになったのは、みんなのおじいさんやおばあさんが生(う )まれたころなのです。大正十二年に鉄道を敷いてほしいという今の長野市の住民の声で、長野電気鉄道株式会社(今の長野電鉄株式会社)が、創立されました。
 同じ年の七月には、東京の磯貝工務店によって測量図が作られて、長野から須坂までの線路の工事がいよいよ始まりました.。
 線路を敷くために近くの土を掘り起こしたので池がいくつもできたそうです。長野市からは二十万円というお金(補助金)がでました。線路を敷いたり、駅舎を造ったりという工事は順調に進みましたが、村山橋をつくるのは特に大変だったそうです。
※ 平成十一年柳原駅の年間乗降者数は、約四十七万人
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